るみは風の中

売られた喧嘩は買います

自己満だから

最近『あざとい』という単語を耳にします。

私的イメージはモテるテクニックを兼ね備えた女子のことかなって思ってた。SNSで買ったものを太ももの上に載せてさりげなくエロみを見せる女子達の事かなって思ってたし、ああこういう女子はよくいるよねすげえや程度に考えてた。

 

そもそも『あざとい』ってどういう意味なんだろうって思って検索したんだけど、え、これ褒め言葉じゃないんだって今知って全国のあざといの意味を知らない人に教えてあげたい気分になった

 

 

そもそもなんであざといという言葉が引っかかってるかっていうと女子にあざとさは必要なのか?と考えたのがきっかけであって、少なからずあざとい女子より素直な女子の方が可愛いと思うのは私だけじゃないはず。オメエも女だろって思ってる読者のみなさん、思春期に超絶的な闇を持っている私は女子として生まれてきたけど純粋にキモいオッサーンなので悪しからず。まあそれはいいとして、あざと可愛い女子ってなんなんだろうってあざとくもなければおっさんとカミングアウトした私が考えてしまうまで悩みに悩んでた時、一人の女優さんの写真をみて、表情がまるで子供で、無垢で、可愛らしさがあって、そこであざと可愛いは滅びゆくカルチャーだと思った。狙いもせず、ただ生きてる!っていう表情・性格がどれだけ人間臭くていやらしさがないか。私は人のことは嫌いだけど人の顔が好きな理由はこれだと納得できるような一枚に出会えることができたのでした。女子に限らず、やりたいことにあざとさを加えてるやつは一生偽りを抱えたまま生きていくと思うしそれはいい作品とは言えないのでは。

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ごめんなさい

家中の読める本を読み尽くし、図書室の本も飽きたころ私は中学生の姉の日記を見つけて読み始めました。姉の友達との手紙も勝手に読んでました。私の知らない世界だった。興奮した。好きな男の子がこんなことをしてくれたとか信頼している友達がトイレで泣いてたとかそんな小さな世界が中心になってる出来事が好きでたまらなかった。私のことも書いてあった。愚痴だったけど、日記に名前が載ったことが嬉しかった。私は彼女の日記の第一読者だった。中学生って大人の世界なんだなって思ってた。姉の好きな男の子はどんな顔なんだろうか、行動からするとめっちゃかっこいいんだろうな、こんな思わせぶりな行動とかとっちゃうなんてとか妄想に妄想を重ねていたけど数年後に姉の卒アル見たら全然タイプじゃなくて萎えた。私も中学生になった。全然想像と違ってびっくりした。楽しさのかけらもない毎日で音楽しか信用できなかった。形だけの友達との手紙にも歌詞をめちゃくちゃ書いた。多分誰1人響いてなかった。ジュークとJudy and maryをひたすら聴いてたあの頃。CD貸しても対して感想とかなかったから誰も聴いてくれてなかったんだと思う。でも当時流行った曲は全部ダサいって思ってた。姉は高校生になっていた。日記はまだ3段目の引き出しにしまってあった。今まで綺麗で可愛かった姉の字がめっちゃ変な達筆になってた。ダサかった。でもそのダサささえも良かった。私はこれからも彼女の日記を読み続けると思う。しょーもねー

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指が痛い

もう見ることができない人の写真のことをずっと考えてたらこんな時間になってしまいました。

 

窓が見えます。眠気がきてます。車の走る音だけが聞こえます。

 

最近生きてる心地があまりしないけどそれでも時間は過ぎてくし人は進化していくのが無理だー。追いつけないや。今度撮る時は新しい試みをしたいんだ。今までのことと真逆をやって、どうなるか。心配なのは自分のコミュニケーション能力のみ。つくづく自分がダメな人間と思い知らされます。寝よう。私が生きてるのが悪いのかよ。

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家にいるのに家に帰りたくなる

めっちゃ走ったら筋肉が攣った感覚が凄くてプルプルしながらブログを書いています。

 

今日は好きな映画を見る日にしたい。睡眠時間を削ってでも好きな映画を見る。今私はそういうことで幸せを補ってます。他にも

・冷たいココアを飲む

・電子レンジであっためてる時間だけ踊る

・ブログを読む

などなど色々あります。

粉末のタイプのココアは牛乳を入れるとめちゃくちゃ美味しい。(温かいやつね冷たいやつは必ず入れよう)

 

ブログってめちゃめちゃ良くないか?自己完結でオチのない話を誰かが見るってなんかもう。しかもタダで他人の感情が知れるなんてこの世界も悪くないですね。でもこのブログ酒のつまみにして読んでるやつは私に金を払えよな。たったの140字で私は自分のことなんて分かって欲しくないしブログを読んだだけで私のこと分かって欲しくもない。けどあの時のこの感情がもう無くなってしまうのが悲しいから書いてる気がする。

 

人間ってめんどくさい。なんで顔は違えど同じ人間にとやかく言われなきゃいけないの。好きなものが同じじゃないとこいつは無理って言われなきゃいけないの。大人になると心が死ぬんだって。なんでなのかな。肉体だけがあって心が死ぬのなんて可哀想。だったら死んだ方がまし。

私はある人によると「最低」らしいです。最高。感情剥き出しにして人のこと罵倒する野生の心が最高。私は普通に傷つくし、人間だから。本当の気持ちは心に隠しとこう。誰にも言わないでおこうね。でも私が生きることで誰かが最低って思うことが私にとって割と最高な部分があるからしぶとく生きちゃおうっと。

 

 

 

久々にあたしンち読んだら死ぬほど面白かった

今私は小田原行きの電車に乗ったよ。

でも、その前にお昼ご飯を食べようとお店に入ったんだ。そしたら目の前に座ってた若者の4人の中に小学生時代スイミングスクールで私に対して不快な事をずっとしていた女子が蕎麦食ってた。不快な内容っていうのは何秒潜ってられるかやってみよう!みたいな時に頭を押さえつけられて死にそうになったとか、色々ある。多分本人も私がいることに気づいてなんか言ってたな。一斉に友達がこっち見てたから。小学生の頃は何も喋らないでただ無言で嫌がらせをしてた彼女はその場でずっと喋ってたね。そりゃあもう話題の中心世界の中心だった。一方私は食べてた海鮮丼の味が美味しいはずなのに糞ほど不味かった。彼女に対して私は、しょうもない友達としょうもない人生をさっさと終わらせてくれる事を祈ることしかできない。この人に限らず、嫌いな人間のこと、私は一生覚えてるよ!

 

なんて強気に言ってみたけどパジャマみたいな服着て砂埃まみれの靴(お気に入り)を履いてるってことを忘れてた。横浜駅には頑張ってお洒落した女の子がいっぱいいて死にたくなった。いい匂いがした。母親にも「年相応の服を着てね」っていつも通り言われた。でも私が襟ぐりに宝石みたいなのがついてる服着てたらみんな笑う。昨日、立派な食事会みたいなのがあってもともと持ってたワンピースで行こうとしたら家族全員に止められて姉の持ってる服を着せられた。全身素材がツルツルしてた。正直に思ったこと女子ってこんな服着てデートとか行って「そんなつもりじゃなかったのに!」とか言うのか…!となんか悶々した。いやそりゃあそんな服着てたらもう!みたいな気分だった(?)。全国の女子力の皆さんに教えていただきたい教えていただきたい。どういうつもりでそんな服着てるのか。そして全身コーディネートをお願いしたい。

 

 

以上地元に居たくない理由でした。

 

サディスティック南無三

お坊さんに着ていたGUESSの服をディスられた私です。フザケンナ。でもお坊さんって頭いいんだろうなー。皆一休さんみたいなとんち話をもってるのだろうか。ドSのお坊さんとか需要ありそうだから少女漫画で絶対ある気がする。絶対売れる。

 

今日は温泉に行った。温泉が趣味なんてもう思考がババアなのだろうか。露天風呂とか最高に良いよね。去年はクノリとコンちゃんと行った気がする。皆んな大好き竹取の湯。リニューアルオープンしたし、また皆んなで行きたいな。岩盤浴の涼しいところで永遠とくだらない話をするとか、せっかくいい汗かいたのに近くに牛角入っちゃうとかそういう時間がずっとあればいいのに。

 

田舎の風景はすごい心地いいんだ。車なんか降りて歩きたいぐらい。はぁ可愛い女の子撮りたい。男の子でもいい。なんかゲイみたいな発言だね。写真はあるはずのなかった、起ることのなかった時間を作った証明になるんだよ。だから皆沢山好きな人の写真を撮るべきなのかもしれない。そんな私は約2年間の写真のデータがすっ飛んじゃいました。今日はここまで。南無三!